近野駅改掲示板

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「いい音だ!このエンジンはアタリだぜ!」

図書館で借りる本は、できるだけいろんな書評から選ぶようにしている。自分の知識と好みだけで選ぶと、じきにネタがつ尽きて選べなくなるからだ。ちなみに、冊数は二週間で十冊。一人の貸し出し上限だ。

書評からでも自分の好みで選ぶが、たいていが面白い。その巻末などに紹介された、同じ作者の本からつぎの借りる本を選んだり、作品の中で紹介されたものを決めるときもある。まあまあ面白さが減ってきたりするが、どんどん読み進むものもある。

なかなか読み進めないのが、図書館で並んだ本を眺めながら選んだ本。表題の雰囲気だけで選ぶと、あんまりいいのにあたらない。寝る前に読むと数ページで眠くなるので、その意味では重宝するのだが……。

今回、図書館の検索ソフトで「藤子A不二雄」を探していて、面白そうな本があった。

「THE GENGA ART OF ”The Haunted Castle”」

という、手に取ると非常に変わった本だった。ごく薄いが、真っ黒でドラえもんのコマが透けて見える。真ん中に、一コマだけはっきり映るドラえもんの一場面。タイトルは細くて小さな赤帯に白抜きで英語だ。

こんな薄い本は、本棚の大量の本に挟まれると目につきにくい。検索したからこそ見つけられたシロモノだ。内容は、ドラえもんの一話、「ゆうれい城へ引っこし」の、全ての原画とそれが変遷していく過程だ。

マニアックすぎて滅茶苦茶面白い。印刷物になるとわからなくなる写植の影とか、原稿の汚れや修正液、コマや絵の一部を切り張りして直してあるのもはっきりわかる。しかもA4判なので、線の粗さやはみだしまでよくわかってしまう、恐ろしいものだ。枠の外には、たぶん印刷業者が書いたであろう鉛筆手書きのページ数や、組版の指定もある。右下には「藤子スタジオ」という印刷活字が、すべてホワイトで消されているが、隠蔽力が弱くて透けて見える。吹き出しに書かれた鉛筆のセリフは、白黒部分では確実に消されているが、4色と2色カラーではまったく消されず、出版物では表現されないようだ。この本では、それがわざと「見える」ように撮影されているのだ。

作品は私も子供のころ「てんとう虫コミックス」で読んでいて、印象に残っている話のひとつ。ドイツの古城を買おうとする話でドラえもんとしては長編だ。「ほんやくコンニャク」が食べたくて仕方なかった覚えがある。ゲストのロッテも魅力的だった。それが原画でふたたび読めたわけだ。

もっとも驚いたのは、ドラえもんの青い部分が白黒ページではアミ指定されていたことだ。アミとは、黒の点の集合で、その大きさでグレーの濃淡を表現するフィルムだ。原稿での指定部分は青鉛筆で塗られていて(青も白黒印刷では映らない)、まず印刷屋が白と黒だけのネガフィルムを作り、それを反転してポジフィルムを作り、それのアミ指定外を隠した赤い遮光フィルムをつくり、アミ指定の部分は指定の濃さのアミフィルムを貼る。もとのポジフィルムをネガに反転し、その現像前にアミ付き遮光フィルムを二重露光する。するとドラえもんの青い部分がちゃんと表現された一枚のネガフィルムができる。それをPS版に紫外線で露光すれば印刷原版の出来上がりだが、たいへんな手間がかかるのだ。

いまはコンピューター製版なのでこんな手間はないが、ドラえもん連載時は、藤子プロ以外の人間がこんな手数をかけていたはずだ。ドラえもんの漫画ではとうぜんドラえもんが大量に描かれているし、他にも要所要所で青いアミ指定はある。見落としたら大変だ。仕事とはいえ、その作業は骨が折れただろう。

なぜ藤子Aは、スクリーントーンではなく、アミ指定していたのか。ドラえもんの青い部分は、手書きで縦線をこまかく引いて、そのうえにアミをかけてある。そのアミはトーンでは表現できないのだろう。アミはたいへん細かい点の集団であり、それに比べるとトーンの点は大きい。細い縦線に大きい点がのると、ざらざらして石のような雰囲気になるのかもしれない。それを嫌ったのだろうか。それによく言われるように、ドラえもんでもアップとロングで同じトーンを貼ると点の大きさが違ってしまい、どうにも青の色に見えない、という問題もあったのだろう。印刷指定のアミは、眼には識別できないほど小さな点でできているのだ。

もっといえば、ドラえもんの青はたんに縦線だけでもよかったはずだ。しかし縦線にアミ指定する、そのこだわりによってドラえもんの重要度は確実に増す。手間のかかる作画は、それだけで見る者におおきな印象をあたえるのだ。縦線のみでは、ドラえもんの存在感はかなり軽くなっていただろう。藤子Aの判断は的確で、印刷業者の苦労も無駄ではなかったのだ。

奥付をみると、2021年の初版ではないか。ぜひ他の作品もシリーズで読みたいものだが、わが図書館にはこれしかなかった。続編を待望する。