近野駅改掲示板

「淡路島農民車考」http://tkn203s.starfree.jp/専用ブログです。

ぬう…!

時間がない。

今週はちょっと早く帰れる予定だったので、玉切りしておいたクヌギを雨が降る前に少しでも薪に割っておくつもりだった。しかしなんだかんだ用事ができて、結局一週間がたち、休みの今日は母親が親戚の山にタケノコを取りに行くのを手伝ったので(といってもほぼすべて私の作業だったが)、半日以上つぶれ、残りは嫁がコストコの再販店にいくからついていってくれ(なぜだ)、というので結局薪割りは全然できず、雨が降ってきた。明日は休日出勤だし、もう連休はひと月以上とれてない。どういうことだ。

これが連休前だけの忙しさであってほしい。

 

今年は藤の花がいっぱいついた。だいぶいい加減に剪定したのだが、かえってよかったのだろうか。放任して枝分かれしすぎたので、主要な枝を残してだいぶんすっきりとさせたのだ。鈴なりに下がった花には、ダンゴバチがまたたくさんホバリングしながら蜜を集めている。彼らの巣って、見たことないけどどこにあるんだろう。

 

樫の木の若葉がそろい、代わりに古い葉がどんどん落葉していたので、忙しいのに毎日帰宅してから庭と前の道路を掃除ていたが、ようやく一段落したようだ。新しい葉っぱはまだ色がくすんでいるが、じきに鮮やかな黄緑色になるだろう。残念なことに今年も暑いようなので、新緑の時期も早く短いだろうなあ。

伐採完了。

懸案だったクヌギの伐採をやりおえた。

家のほうに倒れてしまうと一大事になってしまうので、慎重に慎重を重ねての挑戦だったが、なんとかうまくいってくれた。

まずは、屋根を覆いつつある枝をできるだけ切り落とすことから始めた。新しく入手した脚立は、折りたたんだ高さが2メートル以上あるので、まっすくに展開すると、いままで届かなかった高さまで届き、枝分かれしたところに足が掛けられるようになった。

命綱を自分と幹にかけて、枝打ち鋸で切っていく。電動チェーンソーがあればよかったが、ウチにはエンジン式しかない。高所で不安定な場所では自分を切りかねないので、時間がかかるけど手作業で終始。まずは切り落とした枝を薪に玉切りして、農民車に載せて薪棚に重ねる。これまでは、遠くの親戚から運んでいたので、一回当たり二時間は短縮できる。休憩や昼食も自宅でできるのはすごく気が楽だ。

二週間後の今日、いよいよ本体の伐採だ。まず、倒す方向のすぐそばにある樫の木を伐採。念のため、なるべく高い位置にロープをかけて、倒したい方向に誘導する。これは直径が三十センチ未満なので楽だ。クヌギのほうは、直径が五十センチ近い。同じように高いところにロープをかけるが、全体の重心は家のほうにある。倒すほうの枝を切らないでいたほうがよかったかな?とも思ったが、後の祭りだ。万力締めにしたロープを張りつつ少しずつ切っていくが、近所の農家がエンジンの草刈り機を使っていて、傾き始めの「メキ」という音が聞き取れず不安。しょうがないので、鉄の楔も使用。家側の切り口に打ち込み、間違っても家に倒れ込まないようにする。ロープを縮めていくと、無事に家と反対方向に傾き始めた。もう安心だ。なかなか倒れ始めないが、倒れた拍子に大木が思わぬ方向に跳ねるので、近づいては危険。だんだん角度がついていくのを見守るとついに倒れてくれたが、四十五度くらいで向かいのセンダンの木にひっかかってしまった。こうなると、ちょっと玉切り処理が面倒になる。

まあしかし、丸一日かけて玉切りだけは終えることができた。でかい玉切りを一個だけ下の溜池に落としてしまったのが惜しいが、まあしょうがない。どっかに浮かんでいるはずだが、岸の草陰に隠れているのか見つけられない。もしかして沈んでいるのかなあ。

できるだけ農民車の屋根の下になるように重ねておいたが、今度の休みには割ってしまわないと。まだまだ忙しい日は続く。

もうちょっと涼しい時期にやりたかった…。

徒労に賭ける その9を更新。

ようやく農民車が動くようになったと思ったら、また危険な問題が発生。

なかなか完調には程遠いなあ。いま堀越二郎の「零戦」を読んでるとこだけど、かつての戦闘機開発もいろいろとすったもんだがあるんだから、ど素人がやる半世紀前の改造車を整備するなんて無謀な仕事、うまくいかなくて当然だ。いかし、この呪縛から逃れないと、ライフバランスが崩れてしょうがない。農民車がは大好きだけど、ほかのこともやりたいことはいっぱいある。図書館から借りてくる本も半分くらい読めない。二週間で十冊も借りるからだが……。

ちょっとずつ、ちょっとずつ春が進行。また緑の季節がやってきてしまった。今夏は気温が高くないといいがなあ。

雨か。

今月は土日の連休がまったくないひと月だった。そのうえ今日は本降りだったので、さすがに農民車の修理作業は休み。おまけに午前中は町内会の寄り合い、午後は図書館へ本を借りにいくのでよけいに時間がないが、このまえにはずしたウマを分解してコーススレッドを回収する。三十本くらいはとれたが、どうしても二本だけ抜けてくれない。

また今度だ。

先週借りた本で、おもしろいのが「海洋堂創世記」という、十年くらい前の本。ちょうどモデルグラフィックスが創刊された1980年代の話で、大阪の郊外に集まった天才モデラ―たちの記録だ。著者はそのなかで同じ作業をし、雑魚寝し、飲み食いしていったのちに離れ、そして他メディアで生きる人物なので、客観性と主観が混じるいい文になっている。

私もかつてのプラモブームのなかで、すこしだけれど作っていた。「ボーメ」という、変な名前はよく覚えているし、ナウシカガレージキットも見覚えがある。ガンシップも作ったなあ。ああ、懐かしいなあ。店に出入りしているといつのまにか働かされて、知らないうちにバイトになり、給料は商品にならないレジンキャスト。バイトのまま主要スタッフにもなる作者、あのころのブラックではない自由放埓な新興産業の雰囲気、好きな者が好きな仕事をし、終わったら仕事場で自分の作品を作り出す。高校のクラブか大学のサークルと違わない経営姿勢。もちろんいまはこんな状態ではないだろうが、こういう始まり方は、もう今の会社ではできないだろう。でもなんて楽しいんだ。しかし楽しいばかりでなく、生業として生き残れた人は、企業・海洋堂を含めて一握りどころか一つまみなんだろう。私もそうだが、そういう場所に残れなかった人には、こういう話はたまらなく愛おしいのだ。

模型雑誌もすっかり買わなくなってしまったが、いまもあるんだろうか。私も一個だけ作れず、箱で置いてある零式観測機がある。いつかは作らないといけない。

しかし当時の海洋堂は、慶野にある北浜産業にそっくりだなあ。

徒労に賭ける その7を更新。

やっと農民車を降ろすことができた。ウマは一部が崩壊寸前で、ほんとに危ない状況だったので、荒天のなか急いで正解だったようだ。次は試運転で異常個所がないか確認しなければならないが、また次の機会だ。

ようやく重い荷物が肩から降りた気分だが、まだ当面の主目的であるクヌギの伐採がある。これは根元から一気に倒さず、上部の枝から順々に払っていくのが安全だろう。

今度の休みが雨でなければいいが。

 

天窓の修理は完了。

私の仕事中に終わっていたので詳細はわからないが、窓全体ではなく割れた内側のガラス一枚だけを交換していったという。そういう直し方もあるわけで、それでいいならそのほうがいい。

もしこんど割れたら、これで方法がわかったのでよかった。

徒労に賭ける その6を更新。

農民車再生は、おおきな峠をひとつこえた感じ。この次は、今度こそ、地上に降ろして走れればいいのだが…。

 

木蓮の花が咲きだした。もう春だ。切らねばならないクヌギの木の新芽はまだ先だが、それまでに間に合うだろうか。次の祭日に農民車を動かして、どうにか枝だけでも落とせればいいんだけども。

そううまくいかないのが、いつものことなのだ。なにか別の用事ができるとか、新たな問題が発生するとか。

ああ、どうにかせねばいかんが、運任せだなあ。